かきぶきの2年半の回想~ステップアップ転職に向けて

障がいオープン就労で働いていた会社を退職し、やはり障がいオープンで違う会社に転職するこのタイミングに、その2年半のことを回想してTwitterに投稿した内容と (@kakibukityo) 、障害者雇用における転職活動の在り方についての自分なりの考察を、本稿でまとめて掲載したい。

これまでの回想(ツイート内容)

今月(2019年8月)で辞めることになった今の会社に入ったのは2年前(2017年)。これまでのことを順に回想していこう。
中途入社だから仕事を教えてもらえることもなく放置されたので、慣れるまでに半年はかかったなぁ。 支援機関の定着支援のサポートがあって、何とか在籍して、時短で勤務時間を順調に増やせた。

それにしても、基礎スキルがあっても、職種としては未経験だったので、最初は仕事の精度が悪くて苦戦したなぁ。もしもクローズド就労だったら、契約を切られていただろうな。 最初は週5出勤の実働6時間から始めて、半年間は勤怠の安定に努めた。

会社に入って半年が経った頃から、会社生活が上昇傾向に。 業務にも慣れてきて、実働時間を6時間から徐々に増やすようになった。 入社当初、コミュニケーションを取りづらいと思っていた年下の上長と飲みに行ったら、意外に話しやすい人で、意気投合した。それ以来、引き立ててもらえるようになった。

そんなことで、上長や会社との信頼関係を徐々に築けるようになって、本来の業務以外の自分の得意なことでスキルを活かすことができるようになった。 入社した翌年度の初めには、過去に職務経験のあった、後輩の研修・指導業務を担当させてもらえるまでになった。とても順調に思えた。

順調にいくかと思ったけど、思うようにはいかないもの。 業務の研修自体はうまくいったものの、社会人として育成するのが難しく、打っても響かない状況に。 人を型にはめるのは本来バカらしいんだけど、その時は会社の方針通りに動いて、知らぬ間にストレス過多に。 双極ということも忘れてしまった。

その時にちょうど始めたのがTwitter。愚痴を呟けば共感を得られるのにはまって、段々悪口がエスカレートしていった。 懇意になった上長と流れで相互フォローしてしまったのが運のツキで、内容が会社に筒抜けに。 育成業務に音をあげてギブアップしたのもその頃。この時点で正社員への道が閉ざされた。

ストレス絶頂状態でTwitterに上長や会社の愚痴・悪口を確信的に書いたのは上司も分かったはず。スクショも全て取られた。会社がSNSに異常に厳しいので、懲戒処分にされると思ったけど、何故か自分の障がいのせいにされたな。 事なかれ主義なんだなと思うと余計納得がいかず、憤りを覚えたよ。

それから上長などと面談を重ねた結果、今までの担当業務をほとんど外され、新人同然の扱いを受けたな。結局、現在までそんな生半可な状態が続いたよ。 会社と自分の信頼関係が壊れた瞬間で、会社ばかりではなく、全てが信じられなくなった。 そんな中、当事者には救われた。いいね!に励まされた。

Twitterにあれこれ書き込みたくなるのは、双極性障害からくる衝動性の可能性があるから、一概に病気のせいじゃないとは言えないけどね。 ちょうど会社でことがあった頃から当事者会に興味を感じ始めて、初めて参加したのが #双極トーク だった。就労移行のOB会で得られない新鮮なものがあった。

せめて最低2年間は勤続して次の可能性を探ろうと思った。 どん底に落とされてから欲しいと思ったのが、悩みのある、はたらく当事者同士で愚痴や悩みを共有する場。 ツイートしてみたら反響が大きく、自分で自助会を立ち上げることになった。それが #かきぶき庵 で、発足1年になる(2019年9月現在)。

会社でどん底の立場に立たされたので、この先同じ会社で働き続けるモチベーションが萎えてしまった。このまま経済的にバイト生活が続くのには耐えられず、どうしても転職によって環境を変えざるを得なかった。 でも、履歴書に勤続2年と書けるようになるまでは辛抱することを決めた。

実際、チームの別のメンバーが正社員として昇格し、自分は身分も時給も上がらないのが確定した。 ネット上のレビューがあまりにひどい会社ということもあって、元々2年間働いたところで将来を見直す計画で入社した。こんな状況を判断した上で計画通り、勤続2年になったところで転職活動を開始した。

そして、今年の3月(2019年3月)に入ったところで、満を持して転職活動を開始。 しかし、精神障がい者がオープンで転職するというのは甘くなく、ハードルが高くて、自分との闘いになった。 自分の場合、大手エージェント(障がい者専門の人材紹介会社)2社に登録して活動を始めたけど、電話インタビューから始まって、案件の紹介までが遠かった。

在職中の転職活動だったので、エージェント頼みになった。 書類選考からのスタートだったけど、数回離職経験があって療養のためのブランクがあるところで、ほとんど通過できなかった。 「捨てる神あれば拾う神あり」という格言通り、意外な会社で選考が進み、面接を経て、7月に入って内定ゲット!

自分の場合は縁に恵まれて、たまたま転職が実現したけど、その遠因は元上司との人間関係。人間関係って、就労においてはつくづく鍵を握ると思う。あとは、人同士の信頼関係も大事かな。 今回は半ばリベンジのような環境変更のための転職だっただけに、人様には決しておすすめできない転職パターンだ。

今回の転職の武器になったのは、2年数か月の就労継続の実績だと確信している。会社に毎日行って仕事をこなせての成就だったと思う。 その次に経験スキルがあったと思うけど、大事なのは勤怠安定。 大きなリスクを抱えての転職。 一からのスタートを謙虚に受け止めてゆるりと進んでいこうと思う。

ステップアップ転職について(転職活動の所感)

障害者雇用での転職はまだまだ認知されていないというのが、今回の転職活動を通じての実感だった。特に、精神障害者のオープンからオープンへの転職活動は、それ自体とんでもないもの、という空気感さえ感じた。条件交渉なんてとんでもないというところだろうか。

それだから、身体障害者と比較して、精神障害者の転職が断トツで不利ということを身に染みて知った。

法定雇用率の上昇で障害者雇用のマーケットが大きくなっているといっても、現時点でその恩恵に浴するのは主に身体障害者なのだと思う。その証拠に、一精神障害者としての転職での雇用形態のアップや条件の大きなアップを望むのは難しかった。

しかし、それでも精神障害者のステップアップ転職はありだと思う。就労準備性ピラミッドのモデルから考えると、勤怠の安定が一番基礎的な要素で、その次にビジネスマナーや対人スキル、最も上に業務スキルという要素になるかと考える。

これらの要素を満たした上で2、3年働き続けられたら、企業の人事担当者の見る目も少しは変わってくるのではないか。転職回数やそのスパン、途中の療養でのブランクで人それぞれだが、次なる就労ステージが待っているのではないか。

100%力を出し切らないで、休みたいときは休む。相談がちゃんとできること。支援機関の人たちと相談できると心強く、長期に就労を継続できる大きな要素なのだと思う。その辺を自分も意識していきたい。